
要介護高齢者の「尊厳を守ること」「尊厳を傷つけないこと」・・・頭ではなんとなく理解できるものの、実際の介護現場ではなかなか一筋縄で達成できるものではありません。
今回のコラムでは、介護の重要ワードである「尊厳」について、行動の基本となる原則に加え、具体的なケースへのさまざまな対応例をご紹介していきます。
難しい決断を迫られたときも慌てず適切に対応するには、多くの事例に接して考えを深めることが大切。介護職としてもう一段上への成長を目指している方は、ぜひ参考にしてみてくださいね。
介護における「尊厳」とは
「尊厳」を辞書で引くと「尊く、おごそかで、犯してはならないこと。気高く威厳があること」(Oxford Languages)といった説明がされています。
介護保険法※においてはその第一章第一条で、「要介護の人が尊厳を保持し、自立した日常生活を営むことができるよう」ということがいわれています。
つまり要介護者が尊厳を保って生活できることは、日本の介護保険制度が目指す目標ともいえるもの。介護に携わる人は誰もが、このことを念頭に置いておくことが求められています。
尊厳を保った生活とは、たとえば介護施設での集団生活であっても、今まで慣れ親しんできた生活習慣を継続して自分らしさを保てる生活であり、自分のことを人に決められるのではなく、自分で決めることができる生活です。
また体のどこかに障がいがあっても、残された能力を活かし、障がいがない人と同じように過ごせることも尊厳を保った生活に必要です(ノーマライゼーションの理念)。
《尊厳を保つケアのための基本方針》
- 利用者様の意向・考えを理解し、尊重する
- 利用者様のプライバシーを守る
- 利用者様の残存能力を活かす
- 接遇マナーを徹底する
- 虐待や不要な身体拘束を防止する
《尊厳保持のために介護職に求められる4つの力》
- 小さなサインに気付ける観察力
- なぜそうなっているのか想像する力
- 柔軟な工夫
- スタッフ間の連携
こちらのコラムも参考に≫「「介護の三原則」とは?高齢者の尊厳を守るために欠かせない考え方」
尊厳保持に関する具体例
介護現場でのさまざまなシーンについて、よくある対応例を挙げています。どの対応のどんな点がよいか、またはよくないか、自分ならどうするかなどを考えながら読んでみてください。
本人の気持ちの理解・尊重
○具体例:服薬や通院を嫌がるAさんについて
対応1「ちゃんと治療しないとダメですよ、お薬もしっかり飲んでくださいね」
治療を受けて欲しいというこちらの気持ちを強く出し過ぎており、Aさんの意向や考えを尊重しようとしていない。
対応2「どうしてお薬を飲まれないんですか?」(気持ちに耳を傾ける)
「飲むとぼうっとしてしまうんですね、それは辛かったですね」(受けとめ)
「お薬のことを一度病院で相談してみませんか?」(提案)
薬を飲まない理由について、Aさんの真意を理解しようと努めている。また本人の声に耳を傾け、辛い気持ちを受け止めている。そのうえで、治療してほしいという要望を強く出し過ぎず、自分で判断できる余地を残している。
○具体例:認知症のBさんへの対応
対応1「ケアについて説明しても理解できないので、とくにケアの前に本人に説明・相談などは行わない」
認知症で理解できない事柄が増えても、自分が軽んじられていることは分かる。本人への説明を省き、意思を確認しないことは、尊厳を傷つけ悲しみを与えている。
対応2「目を合わせてはっきりとした言葉で、器具を見せながらケアについて説明し、嫌がるそぶりがないことを確認してからケアを行う」
認知症があっても理解しやすいように工夫し、可能な限り本人の意向を汲みとるように努める。
プライバシーの保護
○具体例:排泄介助
対応「排泄時は転倒などが心配なのでドアやカーテンを開けておく。利用者様の排泄物の状態は大事な情報なので聞き間違えないよう大きな声で報告」
排泄はプライベートな行為なので、安全を確認したらドアやカーテンは閉めて本人だけのプライベート空間をつくる。また便の状態なども人に知られたくないことなので、職員間でだけ通用するようイニシャルや記号、専門用語を使うなど配慮する。
○具体例:入浴介助
対応「効率良く入浴してもらうため、脱衣所で服を脱がせたあと裸で浴場が空くのを待ってもらい、順に入浴してもらっている」
肌を露出している時間が最小限になるように配慮を。また待ち時間が発生するなら、体にバスタオルをかけるなどの配慮も大切。
○具体例:職員同士の会話、職員と利用者様との会話時
対応1「業務で得た利用者様の情報を、必要がないのにほかの職員に話している」
雑談時の話題にするなど、業務に必要ないのに話すことはプライバシーの侵害。ケアに役立てるために、職員同士で共有する必要がある事柄については問題ないが、部外者に口外してはならない(守秘義務)。
対応2「スタッフが知っている利用者様の情報を、ほかの利用者様に話している」
どんな情報なら知られても構わないと感じるかは人それぞれ。「これくらいは話しても良いだろう」と自己判断せず、個人情報を話さないようにするのはもちろん、聞かれても「個人情報はお話しできないルールなので」と説明するようにする。
残存能力の活用
○具体例:食堂へ移動するとき、手すりにつかまれば歩けるCさんの介助方法
対応1「移動にかかる時間を節約するため車椅子でサッと移動」
本人ができることまで取り上げて職員がやってしまうのは、残存能力を使わせず尊厳を傷つける行為といえる。
対応2「移動に時間がかかっても、手すりを使って移動してもらっている」
本人ができることは本人にやってもらうことが、その人の尊厳を守ることにつながる。ただし「今日は車椅子で連れていってほしい」と頼まれれば、「歩けるのだからがんばりましょう」と頭ごなしに断るのではなく、「どうしましたか?」と気持ちを理解するように努め、本人の意向を尊重する。
接遇マナーの徹底
○具体例:利用歴が長くほとんどの職員と顔見知りのDさんに対して
対応1「ほかの職員が友達に接するように話していたし、Dさんにもっと打ち解けてもらいたいので、自分も同じように話した」
基本的にはどなたに対しても敬語や丁寧語を使うが、形式だけでなく相手への尊重と配慮が伝わる接し方であることが一番大切。
対応2「レクを盛り上げるつもりで、がんばっていたDさんを茶化して笑いをとった」
相手のプライドを傷つけたり恥ずかしい気持ちにさせたりすることは、尊厳を傷つけることにつながる。どんなときも、言われた相手がどんな気持ちになるかを考えて発言する。
虐待や不要な身体拘束の防止
○具体例:車椅子から不意に立ち上がることがあり、転倒の危険があるEさんに対して
対応1「自分で立ち上がることができないよう、テーブルつきの車椅子にした」
車椅子とテーブルの間に閉じ込められた状態であり、自由を奪われている。本人の意向で使用する場合でも長時間にならないようにするなどの配慮が必要。
対応2「車椅子は移動するときだけ使用し、通常は座り心地のよい介護用椅子に座ってもらう。並行して下肢の筋力を鍛えるリハビリを行う」
フットレストが下がったままの車椅子や、ブレーキのかかっていない車椅子から立ち上がるのは危険なので、そうならないよう移動時以外は安定した椅子で過ごしてもらう。またリハビリによって転倒の危険を減らすように努める。
○具体例:就寝時オムツを外してしまうことがあるFさんに対して
対応1「自分でオムツを触れないように紐付きズボンの紐を結び、腹巻きで保護した」
なぜオムツを外すのかを検討することが必要。本人に理由を聞き、無意識に外してしまうということであれば、腹巻きなどで物理的に守る方法も考えられる。しかし、オムツが適時交換されず、かゆみや不快感から外そうとしているのであれば、それを抑止することは身体拘束にあたる可能性も。
対応2「ベッド脇にポータブルトイレを置き、できるだけFさんの夜間の排尿間隔にあわせてトイレ誘導を行う。また見回り時にオムツを確認して排泄があれば随時交換する」
不快感から外そうとしている場合には、外すことを抑止するのではなく、不快感の原因にアプローチする工夫が大切。
スタッフ一丸となって取り組もう

尊厳を守ること——それは個人の力でどうにかできるものではなく、チームメンバーが協力し合って一丸となり取り組むことが欠かせません。もしもあなたが職場で気になっていることがあるなら、一人で抱え込まず上司や周りのスタッフに相談してみましょう。
みんなで知恵を出し合い連携することで、今までは「そうするしかない」と思っていたことにも、より良いやり方が見つかるかもしれません。それが上手くいったときのやりがいの大きさはきっと想像以上。介護職をやっていてよかったと、心から思える瞬間になるはずですよ。