脳の障害によって記憶力や判断力が低下してしまう認知症。その影響の出方は人それぞれ違います。
老人ホームにいるのに「家に帰る」という帰宅願望や徘徊、職員に対する暴力行為や性的言動など・・・。介護職員なら、困った場面に出くわすこともあるはず。そのため「認知症の進んだ方への接し方は難しい」と感じている介護職の人は多いかもしれません。
例にあげたトラブルは、認知症の「周辺症状(BPSD)」と呼ばれるもの。これらは周囲の「接し方」によって、症状を軽くすることができるといわれます。
認知症高齢者に穏やかに過ごしてもらうには、その心に寄り添う接し方を知ることが欠かせません。本人の不安や焦りに気づき、少しでも安心してもらえる接し方を学んでいきましょう。
認知症の人への接し方の基本
認知症の人は、以前できていたのにできなくなることや、思い出せないことが増えてきます。そのことが受け入れられず、精神的に不安定になり、急にふさぎ込んだり、怒りっぽくなり、周囲とトラブルを起こすことも。「自分の居場所がない感じ」を持っていることを前提に接しましょう。
接し方の基本ポイントは4つ。
1.本人の話をよく聞く
自分を受け入れてもらえたという実感を持ってもらうことが大切です。言葉でうまく表現できないこともあるので、何が言いたいのか、本人の気持ちを考えながら耳を傾けましょう。
小さくうなずきながら、「そうなんですね」「大変でしたね」と相づちをうつことや、視線を合わせるようにすることも大切。
2.話しかけるときは明るく、ゆっくりとした口調で
話しかけるときの基本は、本人の耳元で、大きな声でゆっくりと語りかけること。そして笑顔で接すること。
熱心に伝えようとするあまり、高圧的な言葉や態度になってしまうと、「怖い、嫌い」などのマイナス感情だけが残ってしまい、その後の信頼関係を築くことが難しくなってしまいます。
3.間違いを否定しない、本人のペースに合わせる
本人が不安や焦りを抱かずにものごとを進められることが重要です。
間違ったことを話しても、否定せずに受け入れましょう。そのためには嘘も方便で、「ああ、そうでしたね」とその場を収める返事をして、感情を刺激しないようにすることも、ときには必要です。また、動作が遅くても急かさず、本人のペースを尊重しましょう。
4.プライドを傷つけない、尊厳を守る
認知症が進み記憶力が低下しても、羞恥心やプライドは変わらないと言われています。
子供扱いや、無視、叱るなど、プライドを傷つけるようなことはしないのが大原則です。うなずいて話を聞き、本人のすばらしさを認めていることを伝えましょう。
トラブル別対応法のポイント
次は、よくあるトラブル別に具体的な対応法の例をご紹介します。「困った!」というとき、参考にしてみてくださいね。
帰宅願望
帰宅願望は、自宅以外の場所でも自宅でも「家に帰りたい」という欲求が出ること。実際に外に出てしまう場合もあります。本人にとって「現状が安心できない」ことが共通した原因です。
対応の基本は、「ここが家です」「外に出てはいけない」など、気持ちや行動を抑制しないこと。少し一緒に歩きながら話をして理由を探ってみてください。
「○○をしなくては」などの理由を話してくれたら、「それは心配ですね、でも○○はもう済んでるから大丈夫」というように、共感を示してから不安を解消するようにしましょう。
徘徊
徘徊の理由は人によってさまざまです。もの忘れや場所・時間の感覚に障害があって元の場所に戻れなくなることもありますし、「~しなければならない」という切迫感に襲われて外へ飛び出してしまうことも。
対応は帰宅願望と共通で、止めようとしても逆効果、興奮することも暴力に及ぶこともあります。一緒に歩きながら、優しく話を聞いているうちに落ち着き、戻ってくれることがあります。
気づかないうちに外に出て行ってしまう場合に備えて、対策をしておきましょう。出入り口に音の出るセンサーを取り付けて、1人で出てしまうのを防ぐ、担当している利用者のそばを離れるときは別のスタッフに声をかけておく、施設の連絡先を書いたものを身につけてもらうなどの方法もあります。近隣の交番や周辺の施設と情報共有しておくことも重要です。
性的逸脱行動
認知症の症状として、介護者などへの性的逸脱行動が起こることがあります。たとえば、卑猥なことをいう、性器を見せる、性行為を迫るなど。
これは性的欲求がありながら、判断力が低下してしまうためだと考えられています。大きな声で叱ったり、怖がる姿や曖昧な態度を見せたりすることは逆効果。落ち着いた態度で嫌だということをはっきりと伝えましょう。
繰り返される場合は、日中の活動量を増やして、エネルギーを性的な方向から逸らすという方法もあります。また、漢方薬の投与で行動が軽減したという報告もあります。
>参照:高齢者の性的逸脱行動 に桂枝加竜骨牡蛎湯が有効であった2例(2003,田原英一ほか)
寂しさや不安が原因で、触りたがる場合もあります。行動がエスカレートする前に、なるべく一緒に作業や散歩することなどを心がけ、本人が安心できる時間を増やすと、逸脱行動が軽減されることがあります。
「認知症だから仕方ない」と、介護者1人で抱え込むことは、良い対応とはいえません。家族やほかのスタッフ、看護師などに報告・相談しましょう。できるだけ2人以上で対応することや、担当者を変えるなどの状況の改善ができるようになりますし、ほかのスタッフへの注意喚起にもなります。
もの盗られ妄想
自分の持ち物を誰かが盗んだ、と騒ぐ症状が「もの盗られ妄想」。
この場合でも、「共感」の態度を示すことが重要です。「じゃあ一緒に探しましょう」と、本人の心を落ち着かせ、見つかったら「よかったですね」と親身になって喜びます。「こんなところに置くからですよ」などはNGワード。自尊心を大きく傷つけることになります。
攻撃的言動・暴力行為
認知症の人は、声かけなしで介護者に体を触られたときなどに、自分の身を守ろうとしてとっさに暴力が出ることがあります。自尊心を傷つけられたときにも、日頃からのいら立ちと重なって、暴言を吐いたり攻撃的になったりすることも。
暴言や暴力が始まったらその場で対処しようとせず、少し距離を取り、危険行動がないか見守りましょう。興奮状態のなかでは、こちらの言動がよけいに興奮させてしまうこともあるので、まずは冷静になることです。
感情的にならず、話をよく聞く、別の人に対応してもらう、本人が落ち着ける場所へ移動させるなどの工夫をしてください。
残っている記憶を引き出すことが、症状の軽減につながる
認知症のもの忘れは、新しいことを覚えられなくなることから始まることがほとんど。しかし「手続き記憶」は維持されていることが多いのです。
手続き記憶とは、料理の作り方や洗濯物のたたみ方、楽器の演奏や自転車の乗り方など、身体が自然に覚えていて、頭で考えなくてもできていたこと。
「元気なころの仕事や趣味のこと」を本人や家族からヒアリングして、今でもできる得意なことでスタッフの手伝いをしてもらうことも、自信を取り戻すケアになります。たとえば、タオルをたたむ作業を手伝ってもらう、ラジオ体操のお手本をしてもらうなど。
手伝ってくれたら「助かります」「丁寧にできている!さすがですね」など、感謝と尊敬を伝えましょう。人から感謝されることは、喪失感をやわらげ、BPSDを軽減することにつながります。
感動は人の心をやわらげ、認知症の症状も軽くする
BPSDは身近で心を許している人に対して出ることが多いのです。きつく当たられると、こちらも悲しくなり、凹んでしまうこともあるでしょう。そんなときもできるだけ穏やかに接するように心がけ、話に耳を傾けることを忘れないようにしたいもの。
目上の人や親しくない人に対しては症状が軽くなる傾向があるので、いろいろ試してもうまくいかないときは、別のスタッフと交代したり、医師や上司など権威のある人から言ってもらったりするのもひとつの方法です。
利用者は認知症である前に、尊厳を持ったひとりの人間。その場の空気を読み取って喜んだり悲しんだり、感動したり・・・。細やかに心が動くところは、私たちと変わりません。
認知症が進行してくると物事の事実関係は忘れてしまいますが、そのときに抱いた感情は記憶が消えてもしばらく残ります。感動の記憶は認知症の人の心を温め、BPSDの症状を軽くする効果もあります。
「認知症だから」と身構えず、まずは認知症についてよく知ることから始めてみませんか?心に寄り添ったケアで一緒に感動できたら、利用者にとっても自分にとっても、心の温まる穏やかな時間がやってくることでしょう。
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