最近注目を集めはじめている「産業ケアマネジャー」。介護を抱える社員たちの悩みに寄り添うためにサポートを行うケアマネジャーを、会社内に配置する目的で設立された新資格です。
今回はこの「産業ケアマネジャー」が生まれた背景やその必要性、今後の活躍の可能性などについて探っていきます。
産業ケアマネジャーとは
産業ケアマネジャーは、『ケアマネジャーを紡ぐ会』により設立された新資格。2020年に創設され、11月の第1回試験において24名の産業ケアマネジャーが誕生しました。
産業ケアマネジャーの役目は、介護の専門知識と企業側の制度の両方から、仕事と介護の両立に関するアドバイスを行うこと。
介護保険の知識、在宅介護のノウハウをもったケアマネジャーが企業と関わり、介護が必要になっても仕事を続けられるように、従業員、従業員の家族、企業それぞれの課題へ取り組むことが期待されています。
厚生労働省が提唱する「介護支援プラン」の作成補助なども、業務の一つとして想定されています。また、介護休業時の欠員補充、各種助成金、就業規則改訂、さらに遺言・相続などに関しても専門家を紹介することが求められます。
産業ケアマネジャーになるには
産業ケアマネジャーは日本ケアマネジメント学会認定資格である「認定ケアマネジャー」、もしくは国が定める「主任ケアマネジャー」の資格取得者で、BSL(Basic Life Supportの略称。心肺停止または呼吸停止に対する一次救命処置のこと)の、所定の研修を修了し認定試験に合格した人のみが受験できる資格です。
3級は○×式50問(各2点)、100点満点中70点以上で合格。受験料は9,800円(基本テキスト・練習問題込み)。基本テキストには、介護保険制度を取り巻く現状に加え、介護離職や働き方改革、労働基準法に関する内容も盛り込まれています。
試験は年2回。現在は3級のみで、2021年中に2級試験も開始される予定となっています。
産業ケアマネジャーが設立された目的とは
産業ケアマネジャーの最大の目的は、年間10万人にのぼる介護離職を防ぐことです。介護は産休育児休暇取得と異なり、突然やってきて、いつ終わるのかもわかりません。それは本人にはもちろん、企業側にも大きなリスクになっています。そのため、介護のために離職するか、仕事を続けるか迷ったときにも社内に介護の専門家がいることはとても心強いはず。
2018年の総務省が公表した調査では、全国に家族や近親者の介護をしている、いわゆるケアラーは約628万人。そのなかで、6割近い約346万人が働きながら介護を行っています。さらに、過去1年間に「介護・看護のため」に前職を離職した人は約9.9万人。実に10万人近い人が介護離職を選択しているのです。介護サービスなどの支援は、介護が必要な人に向けたものであり、介護者が心身の疲労やストレスをためることがないように支援してくれるサービスはありません。無償で介護を行う介護者(ケアラー)が、仕事を続けながら健康で文化的な生活を営めるような支援が、今後の高齢化を支える社会をつくるための課題となっています。
介護保険で受けられるサービスとは?
働きざかりの30~50代にとって仕事と介護の両立は避けられない問題です。時代の流れもあり介護休暇・介護制度の創設を行っている企業もあります。産業ケアマネジャーの育成がすすみ、さまざまな企業で、介護をかかえる社員の状況に応じた介護サービスが活用されれば、「介護離職」の解消につながるかもしれません。
要介護認定を受けた介護被保険者が介護保険で受けられるサービスは大きく3つに分けられます。
- 「居宅サービス」
自宅で受けられるサービスのこと。訪問介護や訪問リハビリテーションなどの訪問サービス、介護施設などに通って受ける通所介護(デイサービス)サービス、短期間の施設に入所する短期入所サービス、その他、福祉用具の貸し出しなどのサービスなどがあります。
- 「施設サービス」
施設とは、特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、介護療養型医療施設の3つ。これらの介護保険施設に入所して受ける介護サービスのことを指します。
- 「地域密着型サービス」
サービスを提供する市区町村に住んでいる人のみが受けられるサービス。買い物や掃除、食事や排せつ、健康管理などの管理を提供してくれる訪問型サービス。通所施設でできるだけ自立した生活が送れるように支援してくれる通所型サービス。認知症の介護認定者に対して食事や排せつなどの介護や生活支援、認知症ケアを行う認知症対策型サービス。老人ホームなどに入居する介護認定者に食事や排せつなどの介護や生活支援、認知症ケアを行う施設・特定施設型サービスがあります。
産業ケアマネジャーを利用するメリット
介護離職を選択すれば、自分と介護者の求める介護ができることや心身の負担が減ることにはなりますが、やはりデメリットのほうが大きく、現実とのギャップに悩む人も多いといいます。離職後に介護だけの生活につかれ、短時間でも働きに出たいと思う人も多いのです。
産業ケアマネジャーと相談することで、仕事を続けながら家族の介護をサポートできそうな解決策がみつかるかもしれません。
(例)
・時差出勤制度を利用して、親をデイサービスに見送ってから出社
・短時間勤務制度、もしくはフレックスタイム制を利用して勤務時間を調整
・費用補助制度を利用して、ホームヘルパーを活用
・テレワーク制度を利用して、午後から自宅勤務
・勤務終了後デイサービスに迎えに行き、通院に付き添う
介護と仕事は、バランスよく行うことが大切です。産業ケアマネジャーをはじめ、専門家によるアドバイスを受けると、自分では思いつかなかった策が見つかるかもしれません。またいつでも産業ケアマネジャーに相談できるという安心感により、心身の負担も軽減できるでしょう。
介護は家庭と社会全体でサポートする時代
ひとりひとりの状況に合わせて、最適な介護プランを提案してくれるケアマネジャーがいれば、企業にとっても個人にとってもこれほど心強いことはありません。
『ケアマネジャーを紡ぐ会』は、2022年までに資格取得1000人、産業ケアマネジャーの導入企業50社をめざしています。企業による産業ケアマネジャーの取り組みに追随する形で、第46回規制改革推進会議でも、就労している家族の勤務実態を踏まえてケアプランが作成できるような「産業ケアマネジャー」の育成を促しています。
介護の問題に直面したとき、誰にも相談できずにすぐに離職することがないように。
産業ケアマネジャーがうまく機能していく社会になれば、ヤングケアラー問題(家事の担い手が少なく中学生や高校生が介護などを担当しなくてはならない状況)の改善にもつながるかもしれません。共働き家庭が当たり前になった現代。家族だけで介護を背負うのではなく、専門家のアドバイスを受けながら、地域、社会、企業全体でサポートし合う時代を迎えたいものです。