認知症の症状を正しく理解するために、まずおさえたいのが「中核症状」。このコラムでは中核症状について具体例を挙げ、分かりやすくご紹介します。また「周辺症状(BPSD)」との違いに着目することも、理解を深めることに役立ちます。
正しい知識を持っておくと、実際の介護現場で直面したときも冷静に対応でき、適切なケアにつなげやすくなるもの。知識がうろ覚えになっている人は、この機会にぜひもう一度チェックしておいてくださいね。
認知症の症状は2つに分けられる
認知症の症状には「中核症状」と「周辺症状」の2種類があります。中核症状は脳の細胞が損傷を受け減少することで起きる症状で、認知症になるとほぼすべての人にあらわれます。そして比較的ゆっくりと進行していき、もとの状態に戻ることは基本的にありません。
いっぽう周辺症状は中核症状がもとになって表れるもので、抑うつや不安感、幻覚、妄想、暴言・暴力、徘徊といった症状があります。本人の心理状態や精神状態によって変動し、強くあらわれたり逆に収まったりするのが特徴。心身の状態が良好なほうが、症状が落ち着き穏やかに過ごしやすくなります。
周辺症状の別名として、「Behavioral and psychological symptoms of dementia(認知症の行動と心理症状)」の頭文字をとった「BPSD」という呼び名も普及しています。また最近海外では、BPSDではなく「チャレンジング行動」と表現することも増えてきました。
チャレンジング行動という言葉には、自分の困った状況やつらい状況をどうにかしようと、自分なりに努力した結果あらわれる行動という意味が込められています。認知症の人の行動を肯定的にとらえ、適切なサポートに結びつけようという考え方があらわれています。
認知症の中核症状とは
認知症の中核症状は、脳の細胞が損傷をうけたり減少するために起こります。具体的な例とともに、ひとつずつ詳しくみていきましょう。
記憶障害
認知症の早期からあらわれる代表的な症状で、はじめは新しいことを覚えられない「短期記憶の低下」から始まり、進行にともない体験してきたことを忘れてしまう「エピソード記憶の低下」、ものや言葉の意味を忘れてしまう「意味記憶の低下」、最後は何度も繰り返すことで体得した動作を忘れてしまう「手続き記憶の低下」、と進行していきます。
認知症による記憶障害の例:
【短期記憶の低下】
- 新しいことを覚えられない
- さっきあったことを忘れてしまう
- 同じことを何度も尋ねる
- 忘れたことをとりつくろうため作話をする
- ものごとの一部ではなく、ものごとそのものをすっぽり忘れてしまう
- どこにものを置いたか忘れ、よく捜し物をしている
【エピソード記憶の低下】
- 薬の飲み忘れが多い
- 食事をとったことを忘れてしまう
- 家族や友人など親しい人の名前や消息がわからない
- 昔の出来事の起こった順序があいまいになっている
【意味記憶の低下】
- 祝日の名前や花の名前など、一般的な知識がわからない
- 言葉の意味を忘れてしまい会話ができない
【手続き記憶の低下】
- 自転車に乗る、水泳をするなど、体で覚えていたことができなくなる
理解力・判断力の低下
物事を理解するのに時間がかかったり、考える速度が遅くなります。状況に合わせた適切な判断ができない、一度に複数のことができない、いつもと違うことが起きると対処できないといったことも起こります。
認知症による理解力・判断力低下の例:
- 同じ食材をたくさん買って腐らせてしまう
- 詐欺に遭いやすくなる早口で話されると話が理解できない
- 自販機やATMなどの操作がうまくできなくなる
- 善悪の判断がつきにくくなり、お金を払わず商品を持って帰ってしまう
見当識障害(時間・場所・人)
自分が今どんな状況に置かれているかを把握することが難しくなる状態です。時間の感覚や場所の感覚、自分が今何をしているかといったことを把握する力が低下します。
認知症による見当識障害の例:
【時間の見当識障害】
- 今日の日付や朝・昼・夜の区別、季節などがわからなくなる
- 自分が何歳なのかわからなくなる
【場所の見当識障害】
- ここがどこか分からない
- 自宅のトイレの場所が分からない
- 道順がわからなくなり迷子になる
【人の見当識障害】
- 人の顔、人との関係性などが分からなくなる
実行機能障害
ある目的のために計画や順序を考えて物事を実行していくことが難しくなります。たとえば食材を切る、鍋をかき混ぜるなど一つひとつの動作はできても、それらの手順を積み重ねて料理を完成させることができない状態です。
認知症による実行機能障害の例:
- トイレに行っても途中でどうすればいいか分からなくなり動作が止まってしまう
- 料理が途中で止まってしまい味のない料理になる
- 薬を指示された用法通り飲むことができない
失語・失認・失行
視覚や聴覚、手足など感覚器官・運動器官は正常に動くのに、今までできていたことができなくなる症状です。
【失語】言葉を司る脳の機能が正常に働かなくなるため、音は聞こえていても言葉として理解できなかったり、自分の思っていることを言葉にして表現するのが難しくなる。
【失認】五感に関係する認知能力が正常に働かなくなる。たとえば視覚にあらわれると、視力はあるのに自分が何を見ているかわからなかったり、自分と物との位置関係が分からなくなる。
【失行】食事やボタンをかける動作など、今までできていた簡単な動作ができなくなる。
認知症の周辺症状(BPSD)とは
脳細胞が損傷することで症状があらわれる上記の中核症状に対し、周辺症状(BPSD/チャレンジング行動)は本人の健康状態、心理状態などが影響してあらわれる症状。その人の性格や、そのときの環境や状態によって、症状が強くあらわれたり軽くなったりと変化するのが特徴です。代表的な周辺症状を挙げてみましょう。
- 抑うつ
意欲や活動性が低下し、何もしようとしなくなったり、不眠、食欲の低下など(うつ病と違って悲観的になることは少なく、無関心になることが多い)。 - 妄想
事実ではないことを事実と思い込むもので、物を盗まれたと思い込む「もの盗られ妄想」の出現頻度が高い。 - 幻覚
認知機能の低下に薬の影響やストレスなどが重なることで、実際には存在しない物が現実感をもってはっきりと見えたり、音が聞こえたりする。 - 暴言・暴力
体調不良や自尊心が傷つけられたときなど、脳の障害によりうまく感情を伝えられなかったり、コントロールが難しいことで暴言や暴力といった強い口調、行動になる。 - 徘徊
見当識障害やストレスなどの影響から、何かを探して外出するが、その後目的を忘れてしまったり道が分からなくなって戻れなくなる。
これらの他にも介護拒否や食べ物ではないものを口に入れる異食、昼夜逆転、排尿障害や便をいじる弄便(ろうべん)といった症状があります。これらの周辺症状は、本人の不安や体調不良による不快感、環境の変化や人間関係によるストレスといった環境因子の影響を受けて悪化すると言われています。
逆に言えば周辺症状は、本人が居心地良く過ごせる環境を整えたり、体調不良の原因を取り除くなどの働きかけで改善する余地があると言うことができます。中核症状のほうは基本的に進行性で元の状態に戻ることはないので、この点は大きな違いです。
中核症状のある人との接し方
中核症状のある人に対し、誤った接し方をすると周辺症状(BPSD/チャレンジング行動)を誘発してしまう可能性があります。認知症の人が抱いている不安や孤独を増幅させないよう、接し方には注意していきましょう。
まず何度も同じことを尋ねてきたり失敗しても、怒ったり責めないことが大切です。時間や予定を何度も聞かれて苦痛を感じる場合は、大きくて見やすい時計にしたり、予定を紙に書いて貼っておくなどの工夫をしてみてください。
またたくさんの情報を一度に伝えられると理解が追いつかず、混乱や焦りを招いてしまいます。「今日は冷え込む予報なんだからそんな寒そうな服でなくもっと暖かい服装にして」と早口で言うのではなく、「今日は寒いですよ」「このセーターを着ませんか」と短い文章でゆっくりと、かつ具体的に伝えましょう。
できないこととできることをよく観察し、できることは自分でやってもらうことは、その人自身のためだけでなく介護者の負担減にもなります。たとえばボタンがかけられなくて服が着られないようならボタンのない服にする、箸の使い方が分からないようであればサンドイッチやおにぎりなど手でも食べやすいメニューにするなど。
その方の状態によって臨機応変に対応し、羞恥心や孤独感を感じさせないようにしていきましょう。
こちらのコラムも参考に≫「認知症の接し方(1)「ゆっくり話す」コツと方法」
認知症の基本的な症状をしっかり頭に入れておこう
認知症の症状は多岐にわたるため、非常に診断が難しく専門医でも迷うほどと言われます。それでも中核症状はほとんどの方に出現する基本的な症状なので、どんなものか知っておくと早期に気づける可能性が高まります。
早めに手段を講じれば進行を遅らせたり、その人らしく穏やかに過ごせる時間が少しでも長くなるかもしれません。中核症状の知識をしっかり頭に入れておき、日々のケアに役立ててくださいね。