認知症の利用者さんのケアが思うように進まず、時間がかかってついイライラ・・・そんな経験はありませんか?
「この人さえちゃんと話を聞いてくれたら、もっと効率良く仕事ができるのに・・・」と考えがちですが、実は、認知症の方の理解や行動が遅いのには、それだけの理由があります。
そのメカニズムを知れば、「相手のペースを守ることのメリット」や「急かすことのデメリット」も、ストンと腑に落ちるはず。
後半では、急いでいるときも余裕を失わないための、自分の気持ちの落ち着け方もご紹介します。
「ゆっくり接すること」は、介護する側とされる側の両方にとって、やさしく楽しい認知症ケアへと進んでいくための重要な手がかりです。
認知症の方に声をかける時は、まず立ち止まって一呼吸。「急ぐときこそゆっくり」を心のスローガンに、ほんの少しだけケアのペースに余裕を持ってみませんか?
認知症の人の反応が遅い理由とは
認知症の直接的な症状としてよく知られているのが「記憶障害」。新しいことを覚えられない、覚えていたことを忘れてしまうというものですが、その他にも重要なものがいくつかあります。
次の表でおもな症状をおさえておきましょう。
おもな症状 | |
見当識障害 | 今いる場所がどこか、目の前の人が誰か。今日の季節、日時などがわからない |
失語 | ものの名前がわからない、言いたいことをうまく言葉にできない |
失行 | 歯ブラシの使い方、トイレの使い方など、ものの使い方がわからなくなる |
失認 | ものの形や色、位置関係がわからない、空間認識がうまくできない |
実行機能障害 | 計画を立てたり、順序立てて行動することができない |
記憶障害のほかにもこうした症状があるために、認知症の人は言われたことを理解しにくかったり、理解するまでに時間がかかります。
さらに、言われたことが理解できたとしても、次にそれに対してどんな言葉を返せばいいのか、どんな行動を起こせばいいのか、それを判断することにも難しさを抱えています。
言われたことを理解する「インプット」、反応して行動する「アウトプット」。この2段階で障害を抱えているために、認知症の人はどうしても反応が遅くなってしまうのです。
認知症の人にゆっくりと接することのメリット
ゆっくりと話しかけることで、認知症の人は理解がしやすくなります。それは、急いで伝えると意味がわからずに混乱してしまうことがあるから。逆にゆっくり伝える方が時間短縮につながることもあります。
さらに何よりのメリットは、相手の気分や様子をみながら、伝わるように話すことで、相手の気分がよくなること。
認知症の人は、場の雰囲気を敏感に感じ取り、快・不快といった感情を持つことは上手です。ケアで気分が良くなれば、状態が落ち着き、次のケアもやりやすくなります。
「好き」「楽しい」「気持ちがいい」といった「快」の感情を持ち続けてもらうことは、本人にとっても介護する側にとってもいいことづくめなのです。
認知症の人を急かすことのデメリット
逆に急かされたり、ケアする側のせっぱつまった雰囲気を感じると、認知症の人は「なんだかイヤだ」という「不快」の感情を持ちます。
するとソワソワ、イライラとして落ち着かなくなったり、そのまま介護の拒否につながってしまうことも起こり得ます。
具体的なできごとは忘れてしまっても、そのとき感じた「イヤだ」という感情はしっかり残るので、その後の信頼関係にまで悪影響が出て、結果スムーズに仕事が進められなくなることもあるのです。
認知症の人にやってはいけないこと
●次から次へと話しかける
急かすつもりはなくても、介護する側が次のケアを焦っていると、ついどんどんと話しかけてしまうこともあります。認知症の人に次々に話しかけても、本人が理解できず混乱してしまうので、ゆっくり一つずつ、的確に伝えるようにしましょう。
●チラチラと時計を見る
この後のことを考えて、ついやってしまいがちな行動です。でもイライラした態度はしっかり伝わり、相手に不快感を与えています。時間を気にしていると分かる態度はつつしみましょう。
●急かすような話し方をする
・「早く、早く」「次は〇〇ですからね」
・「もう、いいですか?」「まだですか?」
・(何も言わなくても)ため息をついたり、テーブルをトントントンとたたくなど
こうした言葉をかけられたり、態度をとられたりすると、認知症の人は責められているような気分になります。すると「なぜできないんだろう」と戸惑ったり、「もう自分はダメだ」と悲しい気分になったりします。
ときには怒ることで、このつらさに折り合いをつけようとすることも。NGフレーズを言いそうになってしまったら、次のOKフレーズに言い替えてみてください。
・「大丈夫ですよ」「○○さん、ゆっくりでいいですよ」
・「できましたか?よかったですね」
NGフレーズを連発しても、相手の行動は早くなりません。早くしてほしいときほど、そっと深呼吸して「ゆっくりやってくださいね」と言い替えてみましょう。
ゆっくり接するポイントは「相手のペースに合わせる」こと
間をおく
一方的に次々と話しつづけると、相手は理解が難しくなってしまいます。理解するための時間をおくようにしてみましょう。
「間」を置くことは、相手が話しだすきっかけにもなります。私たちも、矢継ぎ早に自分が言いたいことだけ告げてくる人とは、話していても楽しくないですよね。
誰でも「自分の話を聞いてもらいたい」という気持ちを持っているもの。認知症の人もそれは同じです。
自分ばかりがどんどん話すのではなく、ひとこと話したら心の中で一拍数えて少しガマンを。利用者がひとこと話したら、「そうそう!」「そうでしたよね」などと合いの手を入れて、相手が話し出すのを待ってみましょう。
気分を変える、雑談を交える
他のことに関心があったり、気持ちがのらないときには、どう誘っても応じてもらうのが難しいことも。
そんなときはしつこく誘うのではなく、少し間をおいてから違う言い方で誘ったり、別の人が声をかけたりすると、うまくいくことがあります。
また、しばらくケアと関係のない雑談をしたり、場所を変えるなどして気分転換を図るのもおすすめ。
雑談をはさむことで、「○○しなければならない」という窮屈な気分から解放され、本人がリラックスすることができます。こうして「不快」から「快」へ感情が変化することで、ケアを受け入れる気持ちになることがあるようです。
たとえば、入浴を拒否する利用者と、天気の話題で雑談するとします。
利用者「寒いと膝が痛くてね」
介護者(○○さん、膝が痛むんだな・・・)「痛いんですね・・・。温めると楽になるかもしれませんね」
利用者「そうねえ」(痛みをわかってもらえた、気分転換)
介護者「ちょうど今、風呂が沸いていますよ。温まっていきませんか」
何気ない会話を交わすと、相手の様子を知ることができ、日頃のケアに役立てることもできます。雑談もケアの一環ととらえて、どんどん活用してみましょう。
わかりやすく話す、ジェスチャーを交える
「お尻をここにおいて」「手はここにつかまって」などと伝えるよりも、ひとこと「立ち上がってください」とストレートに言う方が伝わることがあります。
たくさん情報を伝えると、それだけ回りくどくなったり、理解しにくくなるので、「言葉数は少なく、的確に」と心がけてみてください。
NG例:「私の手につかまってください」(立ってと言われていると分からない)
OK例:「ゆっくり立ち上がりましょう」(ストレートに伝える)
また、言葉の意味や、道具の使い方がわからなくて困っているときには、ジェスチャーが有効です。
たとえば「顔を洗ってください」と言ってもわからない時は、手に水をすくって顔にかけるジェスチャーでわかってもらえたり、「浴槽から出てください」と言っても困った顔でウロウロしているときは、笑顔で手招きすると出てきてくれるなど。
失行や失認など、認知症の症状の出方は人それぞれ。よく観察して苦手なことに気づき、その人に合わせて表現方法を工夫できればベストです。
先まわりしすぎない
仕事に慣れてくると、相手が今から何をしようとしているのかが何となくわかるようになります。
「○○さん、これを取って欲しいんだな」と気づいたら、サッとやってあげたくなるものですが、実はあまりすぐに反応しすぎるのもよくありません。
やろうとしていることに口をはさみ過ぎると、自分のペースで行動できず、急かされているような気持ちになってしまいます。また、できることまでできなくなったり、自主性をうばうことにもつながりかねません。
介護者はなるべく手を出さないようにして、本人が何をしようとしているのかを想像しながら見守ります。危険がない限りは、できるだけ本人のペースを尊重するようにしましょう。
余裕を持ってケアするための心得3つ
とはいえ、ケアする人が自分自身の心に余裕がないと、相手のペースに合わせて対応することは難しいですね。
心に余裕を持つための、考え方のポイントは3つ。
ひとつは、急かすと逆効果だということを知ること。早くしてほしいときこそ、ゆったり構える・・・それがかえって近道になることを知っておけば、急かしたい気持ちと戦ってイライラする頻度は減るのではないでしょうか?
2つめは、 時間がかかって当たり前だと考えること。歯ブラシひとつとっても、利用者さんは「これは何だ?何に使うんだろう?」と考えていたり、トイレの水の流し方を思い出そうとしていたりするのです。
一つひとつについて、「これはこう使うもの」と知りなおし、「ああ、そうか!」「そうなのね」と理解しているわけですから、何をするにも時間がかかって当たり前です。
3つめは、この状況を楽しむ、と決めること。同じ時間を過ごすなら、イライラしながら過ごすより、肩の力を抜いて楽しんだ方がいいに決まっています。
介護職が「急いでやって、絶対に終わらせなくちゃ!」と気負いすぎると、その緊張が相手に伝わり、うまくいかなくなると心得ましょう。
なるべく一人で背負わず、できないものは諦めることも必要です。次はうまくいくように、スタッフみんなで話し合って原因を探りましょう。
楽しそうに仕事をしている人と接する方が、認知症のお年寄りも安心して過ごすことができるもの。安心、リラックスすることは、認知症の周辺症状を和らげ、その人らしく過ごすことにつながります。
「楽しむスイッチ」を押し続けよう
日々バタバタと忙しいなかで、「ゆったり構える」「待つ」ことは、口で言うほど簡単ではありません。
ただ、介護職にとって「待つ」ことは、とても大切な技術。上手に待てるということは、すぐれた介護スキルを持っているということです。
認知症の人にとっても、自分のペースを大切にしてもらえていると感じられれば、心おだやかに過ごせる時間が増え、自分らしさを保つ手助けになるでしょう。
「待たなくてはならない」というマインドから、「この状況を楽しんでしまおう」、「学んでやろう」というマインドに切り替えられれば、心の負担はぐっと軽くなります。
「認知症の人と接するの、気が重いなあ・・・」と思っている自分に気づいたときは、いつでも何度でも、自分のなかの「楽しむスイッチ」を押してみて。そんな風に、いつも楽しむことを忘れないでいたいですね。