介護スタッフが口腔ケアを行うとき困るのが、口が開きにくい人や開けてくれない人。さらに、利用者に指を噛まれてしまうと「痛い、怖い、もうやりたくない」と感じてしまうのが本音でしょう。
でも実は、痛い、怖いと思っているのは、噛んだ利用者も同じなのです。
口腔ケアで指を噛まれない対策は、スタッフと利用者との間に信頼関係を作り、安心して任せてもらえることから始めましょう。
このコラムでは、利用者の心をほぐしながら口腔ケアへいざなう方法と、噛まれにくくする工夫や噛んでしまう理由などをお伝えします。
噛まれないかビクビクしながらの口腔ケアは、あなたにとっても利用者にとっても「苦痛の時間」。いくつかのコツや工夫を取り入れて、「信頼の時間」に変えていきませんか?
噛まれにくい口腔ケアは安心してもらうことから
利用者は、口を開けるように促されても「痛かったらどうしよう」といった不安から、心も体も緊張しています。口腔ケアの前に、利用者にリラックスしてもらいましょう。
心の緊張をほぐす4つのステップ
ステップ1:楽な姿勢で座ってもらう
あごや首が自由に動かせる角度で座ってもらいます。
ステップ2:目線の高さをあわせる
話しかけるときには、同じ目線の高さで。
ステップ3:軽く雑談をする
「今日のおやつ、おいしかったですか?」など、話しかけて利用者から会話を引き出しましょう。「ゼリーは嫌い」と答えがあれば「あら、嫌いなんですね」と相手の言葉を繰り返します。繰り返すことで、相手の話をちゃんと聞いていることを示します。
あまり話をしない利用者には、目線を合わせ微笑みかけるだけでもいいのです。利用者のことを知ろうとしている姿勢を感じ取ってもらうことが大切です。
ステップ4:口腔ケアをすることを伝える
やりとりができたら「じゃあ、お口の掃除をしましょうか。その前にちょっと体をほぐしましょうね」などと声をかけ、口腔ケアへいざないます。
身体の緊張をほぐす3つのステップ
筋肉がこわばっていると痛みを感じる度合いも強くなり、疲れやすくなります。体の緊張が強いなと感じたら、口から遠い部分から徐々にほぐしていき、リラックスできるようにしてあげましょう。
まず体に触れることを伝えて、利用者が受け入れてくれてから始めることを忘れずに。
ステップ1:指先からマッサージする
指→手→腕→肩→首筋の順に、指の腹を使ってやさしくほぐしていきます。
ステップ2:首と顔を動かす
表情を確認して不機嫌さがなければ、「ちょっと体操してみましょうか」と声をかけます。自分でできる人にはやってもらい、介助が必要な場合はスタッフがサポートしましょう。
- 首を右・左に曲げる
- 顔を右・左に向ける
- 頭を前後に倒す
- 手のひらで頬をゆっくりもみほぐす
ステップ3:口のまわりの筋肉マッサージをする
頬を触っても抵抗がなければ、下あごからマッサージしていきます。下あごの真ん中から左右に上の方に向かって円を描くように。少しずつ口元に手を近づけていきながら、口のまわりの筋肉の緊張をほぐします。
口を開けてくれないときの対処法、噛まれない工夫
利用者の表情がおちついていたら、「ちょっとお口のなかを見せてもらえますか?」と口を開けるように促します。
これからあとは、「何をするかを一つひとつ説明しながら行う」のが安心してもらえるポイントです。
少しでも開けてくれる場合
少しでも唇にすき間があれば、口角を少し引っ張ると中をのぞき見ることができ、すき間から前歯を磨くことができます。さらに唇や口の中のマッサージで筋肉のこわばりをほぐすと、より大きく開けてくれることもあります。
歯ブラシやスポンジを口のなかに入れるときには、先に道具を利用者に見せて「これからスポンジで口の内側の上の方をきれいにしますね」と説明すると、安心してもらえますよ。
開けてくれない場合
口をどうしても開けなければならないときは、開口を助ける器具や、体の反射機能を使うことがあります。ただ、強制的に口を開けさせることはなるべく避けたいもの。それ以降の口腔ケアを利用者が拒絶してしまわないように、どうしても必要がある場合に限りましょう。
●開口器で固定する
開口器はバイトブロック、バイトチューブなどと呼ばれていて、素材や形もさまざま。開けた状態の口角にはさんで、口が閉じないようにするものです。市販品の種類も多いのですが、手作りすることもできます。歯ブラシの柄に滅菌ガーゼを巻き付け、口角にはさみます。
●開口反射を利用する
口の奥の方の「Kポイント」と呼ばれるところを押すと、開口反射が起こり口が開きやすくなることがあります。歯を食いしばっている場合は、頬の内側を歯に沿って奥へ指を入れて、爪の先で軽く押してみましょう。
ケアできずにいると口の中のトラブルはますます悪化していきます。1回ごとのケアで完全にできなくても、毎回少しずつ続けていくことが大切。
汚れが見えているとついもっときれいにしたくなりますが、利用者の様子しだいでは早めにケアを終了するのもひとつの手です。次につなげることを考えましょう。
噛まれない工夫
1.指を守る器具を装着してケアする
デンタルブロックなどの名称で呼ばれている、親指にかぶせるカバーがあります。どうしても噛んでしまう利用者のときには、ケアを行う人が親指にカバーをつけ、利用者に噛んでもらい、開いたすき間からケアします。
2.触ってはいけない5つの場所を知っておく
口のなかには、触ると痛い場所や、嘔吐を誘発する場所があります。そこに触れると利用者は反射的に口を閉じようとして、ケアしている人の指を噛んでしまいます。
痛い場所は、口のなかの中央を走る筋、上唇小帯(じょうしんしょうたい)、下唇小帯(かしんしょうたい)、舌小帯(ぜつしょうたい、舌の裏側)の3ヵ所。
また軟口蓋(なんこうがい、喉の入り口近く)、奧舌(おくじた、舌の表面の奥の方)の2ヵ所を刺激してしまうと、吐き気を感じさせてしまいますので気をつけましょう。
3.歯の上に指を置かない
指を歯の外側に置くようにするだけで、噛まれるリスクがかなり減ります。
噛んでしまう理由、口を開けたくない理由
口のなかは、体全体のうちでも刺激を感じやすい場所。異物と感じたものを排除しようとするようにできています。
利用者は自分で口のなかが見えませんから、想定外の場所に触れられたり痛みを感じたりすると、反射的に口を閉じ、結果として噛んでしまいます。安心して口を開けてもらえるようになると、自然に回数は減っていきます。
一方、口を開けたくないのは高齢者が育った時代背景も関係しています。人前で大きく口を開けるのは特に不作法としつけられてきた人も多いのです。
さらに、歯が抜けていることや口臭などを恥ずかしいと感じる羞恥心や、以前の口腔ケアや歯の治療で痛い思いを経験した恐怖心が理由のときもありますし、口内炎などの痛みで口を動かしにくいことも理由のひとつになります。
このほかに、開けたくても「開けられない」場合もあります。顎関節の不具合など身体上の問題が考えられますので、医療関係者へ相談しましょう。
ケアを工夫するうちに信頼関係ができていく
ある男性は10年間寝たきりで胃ろうをしていたため、口のなかは乾燥や細菌の汚染が進んでいました。はじめは口を開けてくれなかったので、やむなく開口器を使ってケアを開始。でも3ヵ月後、口のなかの状態がよくなると、自然に自分から口を開けてくれるようになったのです。
この方は半年後に亡くなられましたが、その際に家族から「最後にきれいなお口にしてあげられてよかった」と介護スタッフへの感謝の言葉があったそう。
口を開けてくれない人、噛んでくる人・・・。対応に悩んでしまったら、利用者の様子を観察することから改めてスタートしてみましょう。
大切なのは「これから先もずっと、○○さんが口のなかを気持ちいいと感じられるようにしてあげたい」という気持ち。それがあれば、しばらく観察するうちに「○○さんは、おしゃべりして笑ったあとは口を開けやすくなるようだ」など、その人にあった方法を工夫していくことができます。
細やかな観察と工夫の積み重ねが、緊張して閉じた心と口を開かせます。あなたを信頼して口を開いてくれるようになったら、それから先の口腔ケアは、おたがいに心を通わせる時間になることでしょう。
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