認知症の患者さんのなかには、歯磨きをスムーズに行うことが難しい人もいます。口を開けてくれなかったり、ケアの途中で拒否されたりして、途方に暮れてしまった経験のある介護スタッフも多いよう。
認知症の口腔ケアをスムーズに進めるポイントは、段階を踏んで少しずつ慣れてもらうようにすること。利用者の心にも体にも負担を感じさせないように、作業の前後や最中に丁寧に声かけをします。できるだけ心地よさを感じてもらい、終わったら、次回も安心してケアを受け入れてもらえるようなアプローチをしましょう。
このコラムでは、認知症の人の口腔ケアを3つのステップで進める方法を、具体的な声かけの例も交えてご紹介します。
嫌がっていた利用者が気持ちよく受け入れてくれて「ありがとう」と言ってくれたときには、よし、次もがんばろう!と力が湧いてきますよ。
認知症の人に口腔ケアを行うときの3つのステップ
ステップ1:口腔ケアを始める前に下準備
まずは下準備。利用者が受け入れてくれやすいように、コミュニケーションを図ります。
●受け入れてくれやすいタイミングに声かけする
- 利用者の機嫌のいいとき
- 寝起きでぼんやりしているとき 例:「おはようございます、お口キレイにしますか?」
●安心感を与える
- 利用者の名前をきちんと呼ぶ
- 口元や体にいきなり触らない
- 利用者のテンションにあわせて、声の大きさやスピードを変える
- 笑顔で応える
●声かけに反応がないとき
- 耳元で丁寧にささやく
- 利用者の視界に入る位置に立ち、気づいてもらうようにする
- 利用者の持ち物や、していることについて質問したりほめたりする
- ベッドをリクライニングさせ、上体を起こすことで気づいてもらう
- 話しかけながら、様子をみて手にそっと触れる
●声かけに反応したら
- 気軽に話しかける 例:「歯をきれいにしましょうか」
- 効果を伝える 例:「お口が臭くなっちゃうから、きれいにしましょうか」
- 受け入れを依頼する 例:「お口の掃除をしたいけどいいかしら」
- 利用者が「歯みがきはもう済んだ」という場合は、いったん受け入れてからケアを促す 例:「もう済んだんですね。ちょっと見せてね。少し汚れがあるから、もう一回しましょうか」
ステップ2:声かけをしながら口腔ケア
利用者とコミュニケーションがとれたら、いよいよ口腔ケア開始。不安や恐怖を感じないよう、要所要所で声をかけていきましょう。
<利用者自身でケアを行うとき>
●自立を妨げない
- 歯ブラシを渡し、利用者自身で洗面所へ行くように促す 例:「どこでしましょうか」
- 利用者の動きを止めずに待ち、急がせない
●必要に応じてサポートする
- 道具の使い方や磨く場所を示す 例:「ここに歯ブラシをあてると、きれいにできますよ」
- ほめる 例:「上手にできている、でも、もうちょっと磨きましょうか」
- 数秒で終えてしまう利用者には、続けることを促す 例:「もう少し続けましょうか」
- 磨いた後を確認する 例:「ちょっと見せてね」
- 必要があればスタッフがブラッシングする 例:「汚れが残っているからきれいにしておきますね」
<スタッフがケアするとき>
●口を開けてくれないとき
- 聞こえていないこともあるので、あきらめずにもう一度促す
- 手に触れても大丈夫なときは、マッサージで緊張を和らげる 例:「ちょっとマッサージしましょうか」 腕→肩→首筋→頬→唇・唾液腺の順にほぐしていく
- すこし口が開きかけてきたら、励まして緊張を和らげる 例:「そうそう、開いてきた」
●表情がこわばっていたり歯を食いしばっているとき
- 安心感を与える 「痛くしないから」と約束する
- 他の話などでコミュニケーションを図り、気分が変わったらもう一度声かけ 例:「歯磨きしましょうか」
●口を開けてくれたら
- 歯のぐらつきや痛いところがあるかどうか尋ねる
- 歯ブラシやスポンジなどの道具で不快感がないか確認する 例:「痛くない?」
- 道具を見せながら声かけし、安心してもらう 例:「次は舌ブラシで、舌をすこしこすりますよ」
- 摩擦を減らすために口の中を潤わせる マッサージで唾液を出す、ジェルや水で湿らせる
- 不快感を先回りしておく 例:「今、ゆすいで出しておくと楽になりますよ」
- 関心をつなぎとめる 例:「いっしょに鏡を見ましょうね」
- 協力をやさしく促す 例:「ゆすいだら出してくださいね」
●利用者に疲れがみえたとき
- 休憩を入れる 例:「ちょっとお休みしましょうか」
- 終了のめどを知らせる 例:「あと10秒ね」「もう一回だけ見ておきますね」「これで最後」
●利用者が不快感や痛みを嫌がったり、怒り出したとき
- まずケアを止めて謝り、原因をよく聞く 例:「痛かった?ごめんなさいね」
- 怒りが続く場合は、気をそらすことも試してみる 例:「あ、○○さんが挨拶してくれてるわ」
- 方法を変える 例:「じゃあ、こうしましょうか」
- 不快感が強い場所は最後に回す
●共通のアプローチ方法
- 思いをいったん受け止める 例:「歯磨き嫌いなんですね?でも、ちょっとだけやってみませんか」
- 意向を引き出す 例:「うがいしてみますか?」
- 了解を得る 例:「今、スポンジで拭いても大丈夫?」
- 希望にあわせる 例:何度もうがいしたい場合はその時間を取る
- ほめる 例:「上手に磨けるようになってきましたね」
- 嬉しい気持ちを伝える 例:「前よりきれいになって嬉しいわ」
ステップ3:気持ち良く終わらせて次回につなぐ
●終了が伝わる作業と声かけをする
- 湿らせたガーゼで口のまわりを拭いできれいにする
- 協力に感謝していることを伝える 例:「磨きやすいように口を開けてくれてありがとう」
●信頼関係を維持して、次の口腔ケアにつなげる
- 鏡を見せながら効果を実感してもらう 例:「ほら、きれいになったでしょう」
- 気持ちを確認する 例:「痛くなかった?大丈夫でしたか?」
- 次回の予告をする 例:「またきれいにしましょうね」
●快適な印象を残す
自分で元の場所に戻れない利用者を部屋に送る、ベッドのリクライニングを本人の希望の状態に調節する
参考:西谷、坂下(2014)「臨床報告 口腔ケアを受け入れない認知症高齢者の心地よさに繋がる口腔ケアの探求」,『UH CNAS,RINCPC Bulletin』,21.
{http://lib.laic.u-hyogo.ac.jp/laic/5/kiyo21/21-08.pdf}
口腔ケアを受ける立場になってみる
他人に口の中を見られることを恥ずかしいと感じたり、歯ブラシのような硬いものを口の中に入れられることに恐怖感を感じたり、以前の口腔ケアで痛い思いをした経験があるなど、利用者にはそれぞれの拒否の理由があります。
認知症の人からその理由を聞き出すのは難しいことですが、口腔ケアを受ける立場を疑似体験することはできます。
スタッフ同士で口腔ケアの実習をした例※をご紹介しましょう。利用者役とケアをする役を交代で行ったところ、ケアの最中に「すすぎたいのにできなくて気持ちが悪い」「スタッフのペースで進められると痛い」「いきなり触られて驚いた」などの声が挙がりました。
口を開けたまま、自分がこれから何をされるのかわからないのは、とても不安なこと。一つひとつの作業の前に「これから何をするか」を本人に伝え、ケア中に「不快感がないか」の確認を繰り返す対応が大切なのですね。
※参考:「高齢者の体を理解し、多職種と連携して口腔ケアに取り組む」,『歯ッピースマイルクラブ』2014年秋号,p.7,サンスター株式会社.
{http://www.sunstar-dental-information.jp/webmagazine/pdf/happy_smile_20.pdf}
心をほぐしてから体もほぐして、次のステップへ
認知症の人の口腔ケアの拒否は、恐怖感や羞恥心などの心の面から起こりやすいので、まず心をほぐしてから体もほぐすことを心がけましょう。
口腔ケアの進め方を3つのステップでご紹介しましたが、利用者との信頼関係が築かれていくと、早めに2つめのステップに進むこともできるようになります。
認知症の人とのコミュニケーションについては、こちらでも
>認知症を正しく知ろうvol.2〜コミュニケーション編~
口腔ケアがきちんとできるようになると、噛み砕く力や飲み込む力がよくなって栄養状態が改善したという報告※※もあります。なにより、おいしく食べられることは生活の楽しみの一つ。生きる喜びを感じてもらえることにもつながりますね。
※※参考:角 保徳(2013)「4.嚥下障害患者における口腔ケアの意義〈シンポジウム 1:高齢者の嚥下障害,その評価と対応〉」『第 54 回日本老年医学会学術集会記録』.
{https://www.jstage.jst.go.jp/article/geriatrics/50/4/50_465/_pdf}
心地よいと感じられるケアを続けていけば、利用者に「お口開けましょうか」と声をかけるより先に、「アーン」と開けて待ってくれているときがやってきます。それはあなたの心が震える瞬間。ケアを拒否されて途方に暮れていたときの気持ちが、すーっと抜けていくのを感じられることでしょう。
◆口腔ケアで指を噛まれてしまう理由や、噛まれないための対策についてはこちら
>口腔ケアで噛まれる!高齢者の心を知るのが対策の第一歩
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