「ありがとう」の一言で、それまでの苦労も忘れて気持ちが前向きになった経験はありませんか?誰にでもできて、相手を確実に元気にさせられる方法、それが「感謝すること」です。
感謝されると元気が出るのは、認知症の人も同じ。感謝の言葉を受け取ることで、「自分もまだまだ役に立つ」「ここに自分の居場所がある」と思えると、認知症の周辺症状(BPSD)にも良い影響をあたえます。
「でも、感謝って実際にはどうやってするの?」「どう感謝したらうまく伝わるの?」そんな素朴な疑問に対するお答えや、具体例も以下でご紹介していきます。これらを参考に、感謝上手な介護スタッフを目指してくださいね。
「ありがとう」は、認知症の人に勇気をあたえる
認知症の人に接するとき、怒らない、ほめる、楽しい雰囲気をつくるなど、いくつかのポイントがありますが、もっとも良い影響を与えるのは、感謝の気持ちを伝えることだといわれています。
なぜなら、「誰かの役に立ちたい」という気持ちは、人間の根本的な欲求だから。どんな人でも、誰かの役に立つ存在であることを認めてもらいたい、そして大切に扱われたいという欲求を持っています。これは「承認欲求」と呼ばれていて、人から感謝されることで満たされます。
認知症の人は、病気のせいで自己肯定感が大きく下がっていたり、劣等感や無力感を抱えていることが多くあります。承認欲求を満たすことは、自分に自信を持ち、前向きに生きるための大きな力となるのです。
認知症の人のこころは不安でいっぱい
感謝することの必要性を正しく理解するには、まず認知症の人のこころのなかを、自分のことのように想像してみることが役立ちます。
認知症の人は、自分になにが起こっているのか、この先どうなるのか分からない、という不安感や孤独感を強く持っています。
さらに「自分が情けない」「こんな扱いを受けて屈辱だ」という劣等感や怒り、みんなに迷惑をかけているいたたまれなさや無力感、「自分も何か役に立ちたい」というあせりもあります。
もしも、自分がその立場になったら、きっとあなたも同じ気持ちになるのではないでしょうか。それなのに、がんばったことに対して「余計なことはしないで」と返ってきたら・・・まるで自分が役立たずのお荷物のように感じられて、悲しくなりますね。
逆に「ありがとう、とても助かったわ」と感謝してもらえたら、「自分も役に立てた」「私はここにいていいんだ」と、こころが救われるように感じるのではないでしょうか。
認知症の人にとって人から感謝されることは、自分の存在価値を実感するために、とても大切で欠かせないことなのです。
認知症の人に「ありがとう」を伝える方法
認知症の人は最近のことは覚えられなくても、若いころにからだで覚えたことは上手にできることが多いものです。認知症になる前にやっていた趣味や特技、職歴などを参考に、その人ができることを探してみましょう。スタッフよりも上手にできることがあれば、制限せずにどんどんやってもらうと良いですね。周囲から「お上手ですね」「教えてくださってありがとう」と言われれば、自分の価値を感じることができます。
また、イスを並べる、テーブルを拭くなど、簡単なことで良いので普段から役割をお願いするようにしてみましょう。「すみませんがこれをお願いできますか?」と頼まれると、認知症の人は「頼りにされている」「自分がこれをしなくては」と思えます。
ただし大きな失敗をしてしまうと、そのとき感じた羞恥心や怒りなどマイナスの感情が深く残ってしまい、やる気を失ってしまうことにもつながります。なので大きな失敗はしないように、さり気なくフォローすることも大切です。
最後にいちばん大事なのは、伝え方。認知症の人は視野が狭くなっていることがあるので、後ろや横から声をかけても気づいてもらえなかったり、びっくりさせてしまうこともあります。感謝の言葉を伝えるときには、まっすぐ正面から、目線を同じ高さに合わせ、笑顔で伝えましょう。
からだに触れる「タッチング」も効果的
からだにやさしく触れることを「タッチング」といい、こころがおだやかになったり、孤独感が癒されるなどの効果があります。不安や劣等感を抱えてこころが不安定になっている認知症の人には、このタッチングを活用して「あなたを大事に思っていますよ」と伝えるのもおすすめです。
具体的には「いつも○○してくれて、ありがとうございます」「今日も○○さんに会えてうれしいです」と感謝の言葉を伝えながら、やさしく手を握ったり、肩をさすったり。しっかりと目線を合わせて行うと、言葉だけで伝えるより、気持ちが届きやすくなります。
ただし、まだ信頼関係ができていないのに、いきなり触れるのはNG。なれなれしいと感じて不快に思う人もいます。相手が自分のことを認識してくれるようになってから、徐々に取り入れるようにしましょう。
「ありがとう」は対等な関係をつくる言葉
「ありがとう」という言葉を聞いたとき、認知症の人と介護者の間には、対等な空気が流れます。それは世話になっている、迷惑をかけているという一方的な受け身状態から、介護される人が解放される言葉だから。
介護者側にそんな気持ちがなくても、介護されている人はやはりどこか申し訳なさや、肩身の狭さを感じているものです。そんな背の高い柵を簡単に飛びこえられる言葉が「ありがとう」。ぜひ日頃から、ちょっとしたことにもこまめに感謝を伝えていきたいですね。
なかなか「ありがとう」が言えないという人は、少しこころが疲れているかもしれません。なぜなら「ありがとう」は、怒っているときやイライラしているときには言えない言葉だから。
感謝を伝えるとき、人は必ず笑顔です。認知症の人に上手に接するには、笑顔になれるこころの余裕も必要だということを覚えておきましょう。
認知症である前に、一人の人間
認知症の人は介護者よりも長く生きてこられた人生の先輩です。一人で着替えや食事ができなかったとしても、その人のすべてが損なわれたわけではありません。むしろ深い思慮をもって人の気持ちをくみとることについては、介護者より長けていることも多いもの。
認知症の人にも、おしゃべり好きでおせっかいな人、気難しいけれど実はやさしい人など、さまざまな個性の人がいます。「認知症の人」とひとくくりにしてマニュアル的に接し方を考えるのではなく、目の前の利用者さん一人ひとりに向き合うようにしてみましょう。
認知症ということにとらわれすぎず、一人の人間として誠実に接するようにすれば、自然に相手を敬う気持ちや、感謝したい気持ちが芽生えてくるはずです。